当たり前の幸福ストーリーを疑う
いい学校に入り、いい会社に入り、思い描いた通りに生きる ー 多くの人が「それが幸せ」と答える問いに、あえて問いを立てます。それは幸福の一形態であって、唯一の正解ではありません。
苦しいことが、幸福の一部になることもある
努力の過程、責任、葛藤。表面的には苦しくても、本人にとって意味があるなら幸福の材料になります。逆に、楽で安定していても空虚なこともあります。幸福は主観です。
世間の幸福を知り、距離を置く
世間の幸福モデルを知らないのは不利です。比較社会で生きる以上、共通言語として理解する必要はある。そのうえで、それとは距離を置き、自分と子どもの幸福を言語化する。受験や進路はその作業の延長に置くべきです。
まとめ
幸福はテンプレではありません。世間の物語を知りつつ疑い、自分たちの幸福を考える ー その習慣がある家庭は、進学選択でも振り回されにくくなります。