巷の「役に立たない」論は半分正しく、半分誤り
「受験勉強をしても社会に出たら役に立たない」 ー よく聞く言葉です。実際、社会人になって二次方程式を毎日解く人は多くありません。だからこそ、この言説は説得力を持ちます。
ただ、ここには見落としがあります。受験で鍛えられるのは、公式の暗記だけではありません。わからないを分解する、計画する、フィードバックを受ける、期限までに仕上げるといった学び方そのものです。この層が残る人にとって、受験勉強は十分に役立ちます。
「先生の言いなりで成績が出た人」には、巷の通りが当てはまる
一方で、指示された通りにやって点を取ってきた人は、社会に出たとき「役に立たない」側に落ちやすいです。理由は単純で、学び方を自分の道具にしていないからです。
言われた範囲をこなす力と、未知の課題に学び方を応用する力は別物です。後者が育っていないと、受験の知識は賞味期限切れの暗記として消え、巷の批判どおりになります。
親として見るべき分岐点
- 「なぜその手順か」を本人が言葉にできるか
- 先生がいなくても、次に何をするか決められるか
- 間違いを、次の学び方に変換できているか
点数が良いことと、学び方が自分のものになっていることはイコールではありません。受験を「役に立つ経験」にするなら、家庭で見るべきは偏差値よりこの分岐点です。
まとめ
受験勉強は、やり方次第で社会でも役立ちます。役に立つ核は教科内容そのものより学び方の応用です。先生の言いなりで成績を出しただけの人には、巷の「役に立たない」が残念ながら当たります。だからこそ、指示待ちを卒業させる関わりが重要になります。